神との愛の関係
私は日本人ですが、国籍は天国です。永遠の天国人が、少しの間日本人なのです。世はキリスト教を、宗教の一つと言います。宗教はその人の一部ですが、キリスト教は人生そのものです。神様を、心の奥の間までお迎えすると、どんな恵みがあるでしょうか。
① 赦しの範囲 罪の本質は、神を神とせず、自分を最終判断の王様とする原罪です。クリスチャンは、罪の結果だけでなく、罪を生む自分の原罪を認め、主の十字架の死により赦されている恵みに立っています。主の犠牲と神の愛によって生かされているのですから、人生全般に、神の愛と恵みを感じることができます。
② 生きるゆとり 原罪を認め、赦しを知った者は、視野が広がります。願いが叶い、成果が認められる満足も大切ですが、自分の願いが最善ではない可能性を知っています。自分と自分の願いを、神様への期待を込めて見直す余裕があります。隣人に対しても、競う相手ではなく、共に恵みを受ける仲間として意識できます。
③ 価値ある悩み 何に悩むかが、人生の価値を決めます。人としての生き方モデルは、仕えるために来られ命を与えたイエス様です。遠く及びませんが、愛することと、従うことの難しさに悩みます。魂の救いと弟子作りに仕え、祝福を受け取れない隣人を慈しんで悩みます。神の力ある御業に、期待し切れず委ね切れない自分に悩みます。そして、受けすぎた恵みを神に返せないことを悩みます。
神体験の道に「神との愛の関係」という表現が何度も出てきます。神様を、心の中にまでお迎えすることが難しい私たちの文化では、納得まで距離があるかも知れません。しかし、神様はこの国の民にも親しき関係を求め、祝福と価値ある人生に招いてくださいます!
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」イザヤ43:4抜粋