マスクの内と外

牧会コラム

日本のマスク着用率は高いようです。きれい好きであると共に、外は汚く、内はきれい、という精神文化が影響しているとも言われます。衛生面だけではなく、マスクを着ける人は正しく、着けない人は非常識との区別が、精神的圧力として効果があるようです。私も、店舗に入る時にはマスクを着けますが、着けていない人を見ると二つの思いが湧き上がります。「近寄りたくない」と、「この非常識な人」という思いです。こんな冷たい思いを持つ自分が嫌なのですが、習慣的に湧き上がってきます。

日本には「社会」が無く、あるのは「世間」だけと言われることにも通じています。利害関係があると感じさせる集団が、その人にとっての正義。内側に留まるならば、当面の生活は守られます。集団のルールが正しいか間違っているかは不問です。学生時代に顕著な先輩後輩の関係も、外から見れば非常識でも内では絶対正義なので、事故や事件に繋がる危険性を内包しています。和風社会の内側である「世間」が、外側の社会正義よりも優先されます。国の施策においても、為政者の利害関係者は優遇され、外側の人々は無視されて格差が広がります。私たち国民の、多数に迎合する姿勢も要因です。

キリスト教を背景とした「社会」のように、一人ひとりが正否を神の前に問い、自ら判断する文化が、日本では育ちませんでした。日本の神は、人の都合で出没するだけです。正否を問い、判断する、心の葛藤の経験が足りません。和風社会では「まわりの常識」に判断を委ねる他ありません。教会の内がきれいで、外が汚れているのではなく、どこにおいても御前に立ち、最善を判断する神の家族として、迷える和風社会に「気付き」の光を照らします。牧場の交わりは内と外の二重基準を是正する大きな力です。「世間に迷惑だから」と人目に流される習慣から脱し、御前にある社会を作りましょう。

「わたしにとっての祭司の王国、聖なる国民…」出エジプト19:6抜粋