牧者の献身を生かす
牧者が自らの生活を、牧場開催やVIPの導きに焦点を合わせて調整し続けることは簡単ではありません。モチベーション(やる気)は、聖霊様による魂の救いと弟子作りの御業を、間近で目撃・経験することによってのみ継続することができます。牧者同士の分かち合いの場である草原の集いも、その励ましになります。
知立教会での家の教会の歩みは、10年を積み重ねてきました。魂の救いの現場は、牧者の励ましとなり慰めとなり、みことばに従う生活の霊的満たしと確信を経験し、証しすることができました。牧者自身の満足も大いにありましたが、セミナーなどを通して来会される信徒・牧師による客観的評価においても顕著でした。
一方で、日本社会における多忙な日々と、生活不安のストレスにより生き方を転換する難しさが、家の教会の歩みの足かせになっている現実も否定できません。ある程度の祝福を経験するのですが、目を見張るようなブレイクスルー(限界突破)には至らないもどかしさを覚えます。主によって与えられたコロナ禍による徐行運転の時を、後の日の再発進の備えとして用いたいと願います。
聖書の教会における顕著な御業は、復活の主イエス・キリストに出会い、霊的に結び合わされた弟子たちが、御国の価値基準を大胆に宣言し、生きた証しを献げたことにより為されました。現代においても、教会は主のからだであり、復活の主を身近に感じながら、主の意向に沿って歩む時、時宜にかなった御業を経験できます。
御業の現れは、聖徒の献身に伴います。牧者は既に献身していますので、各牧場において牧者を支える牧場家族の献身が重要です。牧者と思いを一つにして献げる決心を、コロナ禍を契機に確認するならば一層幸いです。合わせて、初期に行った再編増殖も参考になると考えます。聖書の教会が現代に証しされることを切に祈り、後の日を備えておられる主の導きに従いたく願います。
「私たちはキリストのからだの部分だからです。」エペソ5:30