危機に働く愛

 豊田神池キリスト教会の入江告先生が、ホームページに載せられた一文を紹介いたします。
「2021年4月13日、同じ市内のキリスト教会にてクラスターが発生したとの報道がありました。詳しい教会名や所在地などは存じていませんが、私たちの教会はこのことを大変残念に思うとともに、その教会のためにも祈りたいと思います。その教会でクラスターが収まり、感染症が癒やされ、感染者がこれ以上広がらないように適切な対応がされるようお祈りしています。必要以上に責めたり誹謗中傷するのではなく、祈り、協力する者でありたいと願っています。」
入江先生は、同じ市内の教会で起きたクラスターを、恐れたり、批判することなく、キリスト者としてふさわしい対応を勧めます。

先日の牧師牧場では、ある家の教会の牧場の証がされました。昨年VIP家族が職場からの感染で新型コロナに感染しました。そこで、牧者はじめ牧場家族は、差し入れや、声かけを通して継続的に支え、無事に回復しました。VIP家族は牧場家族の支援に感動し、いのちの道を学ばれ、受洗の決心に導かれたそうです。すばらしい証に、一同感動しました。

 危機的状況において、自分の心をどこに向けるのか、選ぶ責任があります。受けた印象のままに決めるならば、自己都合と恐れを隠しつつ、正論で誰かや何かを批判し始めます。そこには、協力や支援、愛は見えてきません。祈りつつ、ふさわしい選びを自らに問うならば、恐れを越えた愛の行いに導かれます。違いは、何に動かされて物事を決めているのか、普段の自分を正視する謙遜さです。

 魂の救いは、正しさによってではなく、仕える愛によって起こされることを覚えます。コロナ禍にこそ、私主語で仕える者でありたいと願います。主よ、恐れや批判・逃避の心からお守りください。

「あなたも行って、同じようにしなさい。」ルカ10:37抜粋